歌にかける思いは、誰にも負けない。ウエスターン・スイングでヨーデルすればスイングジャズで老若男女を踊らせロカビリーで てっかてか。人生双六 賽の目は、何がでったって大当たりを心情に、音楽街道をただひたすら歩む男。
兵庫県川西市出身のチャーリー西尾は80年代から90年代にかけて東京を中心に一世を風靡したロカビリーの再ブームの申し子、代々木公園原宿通りは黒光りしたリーゼントヘアとプードルスカートのカップルがお決まりのようにweekly
jive danceを競い合っていた。しかしその一方で、1930年代40年代のスウィングはその後10年以上も日本にお目見えすることはなかった。その理由を考える上で第二次大戦中、Big Band がアメリカ軍兵士の間で絶大なる人気を誇っていたことを考えれば想像は容易だろう。
ロカビリーに長い間没頭した後、チャーリー西尾は95年ロサンゼルスでのレコーディング旅行でスィング出会う。90年代のLAといえばRoyal Crown Revueなどが世界的に台頭し(Jim Carry主演映画「マスク」の名場面は有名)ハリウッドのDerby night
clubで演奏していたまさに「スウィング狂時代」で、カップルたちはヴィンテージで身をかため夜毎アクロバティックなリンディパフォーマンスを繰り広げていた頃
である。
音楽の範囲を超え、チャーリーは自らのスウィングダンスの技術を磨くことへも興味を持つようになり、イギリス、フランス、オーストラリア、シンガポールとダンスワークショップへの旅を重ねた。彼は日本にスィング文化を広げる目的でパートナーであ
るユカ・サラシコと「バンザイスウィングカンサイ」というダンス協会を立ち上げ、関西で様々なスタイルのスィングダンスを教えることを始めた。ひとつ彼がぶち当たった問題はLindyhopというものがやはりBallroomのような比較的広い場所を必要とすることから、多くのカップルが自由にダンスできるような広いスタジオを借りる際のコストであった。チャーリーはこういった問題を自分のクラブ「Swing
Week」をオープンすることで解決した。2004年7月にオープンしたSwing Weekは全面フローリングで鏡も完備し、コンセプトは「スウィング愛好家が365日踊れるスペースを提供する」である。 |
Originally from Hyogo, Charlie Nieshio found his groove in Tokyo with the new found popularity of rockabilly, poodle skirts and dance contests in Yoyogi Park in the 80’ & 90’s.
After heading to Los Angeles to do a recording in 1995, he was introduced to swing music. Around that time the “Royal Crown Revue” was growing in popularity and swing dance was seeing a rebirth.
Since then, Charlie has worked to perfect his swing dance music and skills, travelling to England, France, Australia, Korea and Singapore doing workshops and concerts. His goal is to broaden the swing dance scene in Japan by teaching the Lindyhop, Ballroom and other styles using his swing dance association and by starting
"Swing Week" in July 2004. |